【仏教用語?】
<ありがとう>
日常的に使うことの多い「ありがとう」という言葉、幼い子供に母親は大切な言葉だからと常にどこでも「ありがとう」と子供に言うようにとしつけることが多いです。
では、この「ありがとう」とはどのような意味があるのでしょうか。
「ありがとう」とは、“有り難う”と書きます。
これは私達が人間に生まれることは大変ありがたい、稀有なことだから、生まれたことを喜ばねばならないという、お釈迦様の言葉から出た言葉だそうです。
やはり「ありがとう」は仏教用語なんですね。

それがなぜ感謝の言葉に転じたかというと、欲で一杯の私たち人間は、他人ののために物をあげたり、親切をしたりすることは大変難しいこと。
それを行うことはめったにない有り難いことだからなのだとか。

些細なことにも感謝の意を表すことの出来る人は素晴らしいです。

前回お話しした親鸞会の冊子をくれた友人は、友人の私が言うのもなんですが、かなり「出来た」人間です。
和顔愛語を常に実行し、感謝の心を忘れない人で、同級生でありながら、尊敬できる人間です。

彼は人を疑うことを知らなかったがゆえに一度痛い裏切りを経験したことがあります。
精神的にも追い詰められ、母親と一緒にすがる思いで親鸞会で話を聞き、そこで自分のあるべき姿を見出すことが出来たのだとか。
彼は裏切った人間をずっと恨んでいたそうです。

しかし、世の中は因果応報
「蒔かぬ種は生えないし、刈り取らねばならぬすべてのものは自分の蒔いた種からでたものばかり」です。
たとえ記憶になかったとしても、自分の悪い行い(それは身体の行いに限らず、口で言ったことや、心で思ったことも含まれます)が悪い結果(苦しい結果・辛い結果)として返ってきたものなのです。
つい苦しいことがあると他人のせいにし、どうして自分だけが、と思いがちですが、因果の道理を知ることにより、彼は真正面から真の自分と向き合えるようになり、それにより彼は反省と向上を繰り返せるようになったのだそうです。

きっかけは大切です。
彼は親鸞会の教えを知るというきっかけによって人生のどん底から立ち直ることができました。

彼を立ち直らせるきっかけを作ってくれた親鸞会に感謝します。