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仏教の教え

  • 5月 31, 2009 1:08 PM

私達が真に求めていることとは、いったいどのようなものでしょうか。
やがて色あせてしまう幸せ?

いいえ、違います。
どんなことがあっても崩れることのない、本当の幸せになりたいという願いです。
人間はなぜ生きるのか?
それは、本当の幸せになりたいと願って生きる「絶対の幸福」ではないでしょうか。
この変わらぬ幸福こそすべての人の求めるものであり、人生の目的なのではないでしょうか。

その教えこそ、仏教なのです。

私自身も最近知るようになったこの仏教の教え。
仏教用語を知ることによって、少しでも、仏教の教えをより詳しく知り、仏教の素晴らしさを学び、人生の目的に近づけたらいいですね。

では、本日の仏教用語の解説始めます。

【仏教用語】
<出世>
世の中にはこれを生きがいにして仕事をしている人も多いかもしれません。
しかし、仏教用語の出世とは、仏法を聞き、永遠に崩れない絶対の幸福になって迷いの世界を離れることこが出世だと仏教では教えられています。

【仏教用語】

<娑婆>
ヤクザもののドラマなどで刑期を終えて刑務所から出所してくるやくざがよく「娑婆の空気は美味い」などと言う場面がありますが、娑婆とは、インドのサバーという言葉を漢字で表したものです。
漢訳は「堪忍土=かんにんど」といい、私たちの住む世界はさまざな苦しみをこらえ忍んで生きていく世界という意味です。
その様々な苦しみがあふれる娑婆の世界を明るく楽しく乗り切る本当の幸福を仏教では教えているのです。

【仏教用語】<天上天下唯我独尊><方便><我慢>

  • 5月 13, 2009 4:25 PM

【仏教用語】
<天上天下唯我独尊>
よく「自分だけが偉い」という意味で使われていますが、それは間違った仏教用語の解釈の仕方をしていると言えるでしょう。
お釈迦様が「私ただ一人が偉いのだ」と言ったわけはなく、「我」とは「我々」のことであり、本来の『天上天下唯我独尊』の仏教用語の意味は
この大宇宙(天上天下)に我々(我)人間だけが果たせるたった一つの尊い目的(独尊)がある。
という意味になるのです。

【仏教用語】
<方便>
これもまた間違った仏教用語の解釈の仕方をしています。
世間では「ウソも方便」と言って、方便をウソの代名詞のように使っているが実はそういう意味の仏教用語ではありません。
方便とは梵語(古代インド語)でウパーヤといい、“近づく”という意味の仏教用語です。
真実の幸福に近づけるに絶対に必要なものを“方便”というのです。

【仏教用語】
<我慢>
我慢とは、一般的には“辛抱する”といった意味合いで捉えられるようですが、もともとは仏教用語から来ている言葉で、「我を通すこと」を指示します。
「這っても黒豆」
ということわざがあります。
黒い物体を黒豆だといった男子は、その黒い物体が這ってでもまだなお黒豆だと自分の意見を押し通そうとすることを皮肉って
いわれた言葉ですが、このように、自分が間違っているときづきながら自分の考えを押し通すことを“我慢というのです。