【仏教用語】
<四苦八苦>⑤
私たちの苦しみを八つに分けて、仏教で教えられている「四苦八苦」の4番目、「死苦」について書いています。
私たちは生まれてこのかた、死の苦しみに翻弄されながら過ごしていると言ってもいい、と前回、言いました。
老いや病も、恐ろしいと思うのは、それが潜在的に死とつながっているからでしょう。ほかにも事故や不祥事、戦争、テロや殺人など、私たちが怖れるものの根底に、必ず死の影が見え隠れしているのです。
だれもが〝人命こそが尊い〟と思っています。それが脅かされ、失われるのが死ですから、だれもが死を怖れているといえるでしょう。
先に挙げたようなテロや戦争、悲惨な事故の撲滅を誓うのも、ひいては理不尽に命が奪われることがないように、との願いからでしょう。しかし、その目先にとらわれるあまり、大事な本質を見失ってはならないでしょう。
昔、新人猟師が初のイノシシ猟に出る前、ガタガタ震えていると、見かねた先輩が一言、
「心配するな。山より大きなイノシシは出ぬ」
それを聞いた新人は、ようやく肝が据わったという。
人生の最大の問題が見極められれば、あとは何が来ようと腹を据えて挑んでいけるでしょう。さまざまな人が、各々取り組む社会問題なども大事ですが、人生最大の難事は、この死の問題の解決に違いありません。
そこでまず、死とは何か、その苦しみとはどんなものか、を問わなくてはなりません。
人生の苦しみを知ろうとするのも、つまるところ、この死の問題に目を向けるためといえるでしょう。
この大事な問題を、親鸞会で詳しく学んでいきたいと思いませんか。