【仏教用語】<善と悪>

 仏教で説かれる三業について、前回、書きました。
「善いことをすれば善い結果が、悪い行いをすれば悪い報いが、自分の行為が自分の運命を生み出す」
と教える因果の道理の結論は「廃悪修善」です。

 悪因悪果、自因自果と知れば、私たちは悪い報いは欲しくありませんから、悪を慎むようになります。また、善因善果、自因自果と分かれば、幸せになりたい人ばかりですから、善行に励むようになります。
 因果の道理は仏教の根幹、その結論である廃悪修善が仏教といえるでしょう。

 前回も書いたとおり、因果の因は私たちの行為ですから、これが善なのか、悪なのかが、非常に大事な問題です。

 その私たちの運命を生み出す原因、私たちの行為の中でも最も仏教が重視するのが、私の心であることも学びました。
 日々の行為の中で、口や身の行いと心とでは、心のほうが格段に量が違うでしょう。
「一人一日のうちに八億四千の憶いあり」
と有名な中国の善導大師はいわれています。口や身の表面に出てくる行為は氷山の一角で、日々つくる私の行為のタネは、心で思っていることがほとんどだと分かります。

 つまり、幸せになるか、不幸になるかは心次第ということ。ではその心はどんな状態なのでしょう。それを知るには、勧められている善を真摯に実行し、してはならないと教えられる悪を廃していかねばなりません。

 そこで、仏教ではたくさんの善と、廃すべき悪とを詳しく教えられるのです。
 まず、やめるべき悪について詳しく見ていきましょう。